シンガポールとマレーシアとミャンマーでの就職活動 途中経過3

こんばんは。

いま、ミャンマーの大都市ヤンゴンにいます。(ミャンマーの首都はネピドーという何もない都市)

ミャンマーについては去年、マンダレー旅行にて色々と書いていましたが、今回はビジネス上もっと重要で、必ず見ておくべき都市であるヤンゴンです。

そんなヤンゴンはホテルがめちゃめちゃ高く、そのかわりに嘘ほど安い電車やビールを毎日楽しむことができています。

と、完全に旅行モードになってしまっているわけですが、一応就職活動も進行しています。

というか、次の動きが決まったので、この”途中経過3”はこの就職活動のハイライトになる感じです。

どんなことが起きていたのか、シンガポールでの初面接から振り返り、今のこのヤンゴンまでざっと書きたいと思います。

1月31日(火)シンガポール

Chinese New Year明け(会社によってはまだかも?)の火曜日、忙しそうにビジネスマンが右往左往していたり、スタバで様々な人種の人々がテーブルを囲んで話し込んでいたりと、街は少しずつシンガポールらしい感じになってきました。

この日の予定は2つ、1つは組織コンサルティング会社の面接、もう一つはリクルート・シンガポールとの面談です。

まずは組織コンサルティング会社の面接について。

前回にも書きましたが、この面接に関して僕は相当気合が入っていて、緊張すら覚えるほどでした。

こういう気合が入りすぎた場合はなぜか面接がキャンセルになったり、日が変わったりするものなので、本当に面接が実行されるのかびくびくしていましたが・・・ちゃんと面接は実行されました。

よかった!

ということで、一体どんな面接だったのか?

他の企業でもそうですが、基本的な流れとしては:

  1. アイスブレーク(今回はドローンの映像を見て頂いたり、タイ・マレーシア・シンガポールに関する情報共有など)
  2. 履歴書ベースで、経歴について詳細の説明およびなぜそうしたのか、どう乗り越えたのかなど、深掘り系のやり取り
  3. 企業に関する説明および今回の募集ポジションの詳細説明
  4. 質疑応答(給与やビザについてはここで)

といった感じでした。

こうして形式化すると、凄く標準的な面接に思えますが、実際は1時間半にも及ぶ、営業時代では中々引っ張りきれないような長い時間話し込んでいたことになりました。

というのも、質問内容が毎度鋭く、受け答えをしていく中で、自分の中で発見することがあったり、今まで言葉にならなかったものが、一節の言葉でまとめられるようになったりと、面接という一言では片付けられないようなやり取りだったためです。

事業は面接前から興味があったため良かったのですが、なにより代表の人柄とその質問ができる凄さから、「この会社で働きたい!」という気持ちがマックスまで達しました。笑

そういった気持ちもちゃんと伝えつつ進めたためか、面接自体は終始よい雰囲気で、やりきった!という感じでした。

これで受からなかったら、それは確実に自分の根本的な力不足、ということでしょうが無い!とちゃんと思えたのが良かったです。

結果的には、無事に次の面接を設定してもらえて、この日は面接を終えることができました。

そんな素晴らしい時間を過ごしてエレベーターに乗る際ふと時計に目をやると、次の面談の時間に。。。

「うわ!やばっ!」という、この無職3ヶ月間では一度も感じなかった、しかし前職の時代では毎日感じていた忙しさを覚えつつ、ダッシュで待ち合わせ場所のカフェに向かいました。

15分遅れで到着し、謝罪をしつつ、自己紹介。

面談相手は、主に広告企業を担当している方で、転職活動現状のシェアと、今後の動きについて一緒に考えていくという感じでした。

が、残念ながら内容としては以前電話で話していたようなことと同じで、特に新しい発見などはありませんでした。

さて、そんな感じで久々に忙しいひと時を過ごし、帰りはリトルインディアに寄ってカレーを食べて帰りました。

カレーの美味しさについては、非常に普通。

もしシンガポールで働いたら、こういったことが日常になるのかなあ、なんて妄想しながら帰路につきました。

2月1日(水)シンガポール、ヤンゴン

シンガポール最終日です。

そして、早くも、超早くも第二回目の面接が朝から入っていました。

というのも昨晩、組織コンサルティング企業の方から「朝なら大丈夫」とご連絡を頂けたためです。

朝8時にチェックアウトを済ませ、シンガポールの超便利な地下鉄に乗り込み、待ち合わせ場所のスタバへ向かいました。

場所はシンガポールの西側の方で、非常に落ち着いた雰囲気がいい感じの街。

20分も早く着いてしまったので、ブラックコーヒー(グランデサイズ)をすすりつつ、イメトレをしていました。

事前に面接官の方(今回はマネージャーの女性の方)の記事なども読み、頭のなかでは上手く面接ができていたので、大分リラックスして待つことができました。

そして開始時間10分前、ものすごいピカピカのオーラを放つ素敵なマネージャーさんが登場。

コーヒーを注文しつつ、面接がスタートしました。

流れとしては昨日と同じ、しかし今回も個性的な(いい意味で)方だったので、質問内容は非常に面白いものだらけでした。

つまり、またもや色々と発見をすることになり、更に働きたくなりました。笑

面接官の方からも具体的な仕事の様子についてシェアを頂けて「これは行ける流れだ!」と確信をする感じに。

しかし!

事前に聞いていた話では今回が最終面接、ということでしたが、どうやらマネージャーさんからは直接採用の連絡ができないため、その場で内定、というわけにはいきませんでした。

正直「ええ~~~~~~!?」と思いましたが、こういうこともあるようです。。。

とりあえず素晴らしい感触を手に、シンガポールでやることを終え、残った時間も有効活用できるよう、アメリカ人の友人の居るBugis駅へ。

Bugisはきっと街の中心だと思うのですが、日本食も沢山ある上、National Libraryも近くて最高の場所でした。

そこで今回の滞在や今後のことについて、友人に色々と相談をしていました。

本当にシンガポールで良いのか、どのような未来を描いているのか、などなど、、、、話は尽きず、気づけば15時に。

フライトは17時半からだったので慌てて地下鉄に乗り込んで、空港へと向かいました。

チャンギ空港は相変わらず最高でしたが、一点問題が。

今回の目的地であるミャンマーは、日本人でもVISAが必要な国です。

それはマンダレーの件で既に了解していたので取得は完了していたのですが、なんとそこに重大なことが明記されていました。

それは「他の国へのフライトを予約していないと、VISAは無効」というものです。

まじかよ!と思いながらも、一番安いであろうバンコク行きの飛行機を一週間後に急遽とり、チェックインを済ませました。

後ほど、この唐突な判断が、わりとナイスなタイミングであったことになるのですが。

そんなドタバタもありつつ、無事にシンガポールからヤンゴンまでの直通便は到着し、シンガポールにサヨナラ。

2時間半ほどでヤンゴンに到着しました。

やっぱり東南アジアは動きやすいな~と思いつつ、ヤンゴン空港を歩いていると、、、、

「ギャップが酷い(笑)」

ニヤニヤの止まらない状況でした。

東南アジア最強のシンガポールから、発展度最低ランクのミャンマー。

「このルート、意外と面白いな」と思いながら、空港での換金とSIMカードの購入をしました。

ちなみに、換金は「EUROUSDSGD」が特に有効なようなので、ミャンマーにいく際はこれらの通貨を持っていくことをおすすめします。

僕はSGDがたくさん余っていたので400SGDを換金し、大量のミャンマー・チャットを手に入れることに成功しました。

そしていざ、空港の外側の世界へ。

こういう途上国では必ずタクシーの運ちゃんが強烈アプローチをしてくるので毎回緊張しながら出るのですが、、、それはヤンゴンでも同じでした。笑

僕は話相手欲しさに彼らと毎度真面目に交渉をしてしまうのですが、今回もまた最初のおっちゃんと交渉をして、10,000チャット(約1000円)という大金をつぎ込みダウンタウンまでの約30分の道のりを任せることにしました。

シンガポールとのギャップが相変わらずひどく、またトップクラスのカオス交通事情のせいで、完全に体が硬直したまま30分間耐えていたのですが、、、、特に事故すること無く宿に到着できました。よかった。。。

しかしながら、そんなひどい経験のせいで、既にヤンゴンが少し嫌いになっていました。笑

泊まった宿はこれがまた微妙で、まさに華僑の誰かが効率重視で作ったホステル、というかんじでした。

そんな微妙な居心地のホテルにて体を休めた後、ヤンゴンのことを知るために散策しながら気になったことをWikipediaで調べまくるというスタイルで夜を過ごしました。

20170201_214127.jpgChinese New Year真っ最中のヤンゴン・チャイナタウン

2月2日(木)ヤンゴン

ひどかったシンガポールのカプセルホテル、そしてヤンゴンのホステルを経た為か、体が完全に疲れを溜め込んでいました。

そのため、この日から2日間はとってもいいホテルに変えることに。

もちろんお金はあまり無いので選択肢はそれほど多くは無かったのですが、なぜか”Standard Room for 25USD””Suit Room for 30USD”という、ランクの違いが5USDしか無いホテルを発見。

よし、、、、、、、、スイートルームや!!!

と謎の決断力を発揮して早速移動。

ここは最高だったので場所も下記Google Mapsにてお伝えしておきます。(微妙にズレてます、本当はもう少し西側です)

20170202_124619.jpg

わかりにくいかもしれませんが、手前がキングベッド、屏風の奥がL字型ソファースペースと最高だったので、ヤンゴン2日目にしてダラダラすることに決めました。

また、シンガポール滞在時にこっそり登録していたヤンゴンの人材会社の方からもアポイントメントが頂けたので翌日訪ねることが決定。

未知の土地ミャンマーにて、最後の転職活動の始まりです。

2月3日(金)ヤンゴン

本日は朝から人材会社”J-SAT”に出向く予定だったので早起き。

朝7時からホテルの朝食を取りました。(無料)

そして昨日クリーニングに出していたシャツの受取をするためにロビーへ。

しかし!

ここはミャンマークオリティで、やっぱりシャツのクリーニングが遅れているということでした。。。

ギリギリまで待っては居ましたが、やけにアイロンがけが丁寧、、、笑

ということで結局、1時間だけ訪問の時間をずらしてもらいました。

理由を説明するときはあまりにもおかしな理由なので怒られるか心配でしたが、そこはミャンマーでやっている人材会社さん、さすがの平然とした対応でした。

訪問45分前、バチバチにアイロンの掛かったシャツを着込み、タクシーに乗り込んでJ-SATの入っているSAKURA BUILDINGへ行きました。

ご覧の通り、SAKURAビルは一流企業の巣窟です。笑
20170203_102332.jpg

SAKURAビル、すげ~~~」と変な独り言をつぶやきつつ、エレベーターに乗って12A階に向かいました。

と、そういえばヤンゴンでの転職活動について何も説明をしていなかったので、ココで説明を入れたいと思います。

途中経過1で、ミャンマーの広告代理店に申し込んだ、という話を書きました。

それはシンガポールJAC経由での申込みだったのですが、結局返答はありませんでした。

当時は「まあ国跨いでの申込みだから仕方ないわ」という気持ちだったのですが、シンガポールで組織コンサルティング企業を受けながら、「本当に広告代理店行かなくて良いのか?」という気持ちが心のなかにあることに気づきました。

そこで「後悔するなら全部行ってやろう!」ということで、自らヤンゴンに来て、人材会社に登録し、広告代理店のみにアプローチすることに決めたのでした。

さてさて、話は戻ってエレベーター内。

こんな素敵なビルなのにエレベーター内の広告欄は「Contact Us! You can advertise HERE!」という表示があり、「マジか笑」と思いながら12Aに到着。

そんな感じで如何に広告という分野が未開拓なのかを感じつつ、J-SATさん内に入ると、明るくて人の多い良い感じのオフィスが。

会議室に通していただくと、なんとミャンマーのシンボル、シュエダゴンパゴダが見える。。。。

「すっげええぇぇぇ!」

今までこんな素敵な会議室なかったなあ、思いながら待つこと30秒、リクルーターの方2人が入室してきました。

ここでの面談は、前の基本とは少々違い、ミャンマーの現状シェアをベースに話が進みました。

というのも、僕はまず「本当にミャンマーは働く価値のある場所なのか?」という、根本的な問を解決する必要があったためです。

話を進めていくと、2012から2013年あたりで外国企業への規制緩和が進み、一気に日系企業が進出してきて、現在多くの企業が3年目に当たる、ということがわかりました。

しかしながら、通常の国で3年目であればビジネスの芽が出てきて、仕事が増えていく、という段階であるものの、この超鎖国政策を取ってきた軍政ミャンマーはそうはいっていないということでした。

つまり、、、、殆どの企業はまだ形だけという状況らしいです。

これからどうなっていくのか?

不確定ではありますが、2020年を目安にもっとビジネスがやりやすくなるのでは、ということでした。

「ふーむなるほど・・・」

通常、広告代理店というのは、クライアント企業の広告予算を使って仕事をしていきます。

その点、形だけの企業が広告予算を捻出できているとは考えづらく、実際の仕事状況はわからない、というのが率直な感想でした。

それでも天邪鬼な僕はワクワクもしつつ、具体的に申し込みができそうな企業を口頭にて幾つかご紹介を頂きました。

最終的には、リクルーターの方が直接、日系3大広告代理店に電話で話してくれるということになり、連絡待ちをすることにしました。

「(すごいパワフルだ!)ありがとうございます!」と感謝をして、この面談は終わりました。

さて、その日の午後、待ちわびるほどの暇もなくご連絡が。

次週の火曜日、一社面接を組んでくれるということでした。

ギリギリ間に合うじゃん!あの時の自分ナイス!と内心ガッツポーズをして、面接のお願いをしました。

また、次の日から週末なので、何か良い場所は無いかということをお伺いして、「バゴーがいい」というお話を聞きました。

ということで早速バゴーのホテルを予約。

次の日はバゴー旅行を決めました。

2月4日(土)バゴー

この日は泣く泣くスイートルームをチェックアウトし、ヤンゴン鉄道駅(Yangon Central Railway Station)を目指しました。

時間は既に時刻表をチェックしていたので、11時の便より30分前に駅へ到着。

というのも、途上国では30早く出発なんてざらだからです。

遅れるのは「まあ最終的に乗れるから良いや」となるのですが、「え?も、もう出発したの!?」では最低の旅になってしまいます。

また、時間に余裕があればゆっくりチケットも買えるし、チケット売り場にたむろしているヘルパーさん(頼んでもないのにガイドしてくれるハイエナたち)ともゆっくりとおしゃべりしながら席までいけます。

と、そんな感じで僕はヘルパーさんに連れられて一等席へ。(正直めっちゃ普通の席です。笑)
20170205_110053

すると運良く、目の前に白人の旅人が。

タイミングを見て話しかけると、英語がめちゃうまい!

ということでバゴーでの旅のお供が見つかり、最高に楽しい週末が始まりました。
20170206_003344
左でメタルポーズをしている人。笑

ナリは中々どうしようもない旅人風ですが、なんとこの方フィンランド一流IT企業のマネージャーさん。

旅のことから世界情勢、ロシアに残してきた恋人のことまで、幅広いジャンルの話をしながらバゴー観光へ向かいました。

そして実際にバゴーについて見ると、そこは完全にただの街。

見回すと、でかいパゴダが1つ。

「うーーん笑」

二人で完全に苦笑いを交わし、このバゴー旅の方向性が決まりました。

そう、、、、昼から飲む!笑

バゴーは10,000チャット(1000円ぐらい)で観光地周り放題のフリーパス制を取っており、逆に一つだけ入ったりという柔軟な動きができないのでした。

そのため僕らは5秒ほど相談をし「これは飯やビールに使ったほうが絶対いい」と結論づけたのでした。

そこでひたすらいい感じの飲み屋を探して歩く歩く。。。

1時間ほど歩いたところで、最高のオープン飯屋を見つけたので、晴れてビアパーティーを開催しました。

結果的にバゴー旅行は最高に楽しく、フィンランドが如何に興味深く、ロシアが如何におそロシアなのかということが少しだけわかりました。

近々行けるかどうかわかりませんが、フィンランドも含めた北欧旅行、してみたいものです。

そんなこんなで彼は日帰りだったので、次の日ヤンゴンで飲む約束をして、19時にバイバイ。

そのまま僕はホテルに直行し、泥のように眠りました。。。

2月5日(日)バゴー、ヤンゴン
20170204_162358

バゴーからヤンゴンへの帰りはまたもや鉄道を選びました。

もちろん、30分以上前の到着。

そしてここで読みはあたりました。

通常11時30分出発の電車は1050分に到着。

発車は1105分という、25分前出発をかましたのでした。

さすが途上国!と読みが当たって逆に嬉しい帰途になりました。

車内では特にやることが無かったため、ひたすら友人とチャット。メールも返信。

こんな田舎道で電波通じるなんてスゴイな、と関心しながらヤンゴンに13時到着しました。

そこから一旦、先日宿泊していたWindsor Hotelに直行。

直予約なら安いかも!?と期待をして訪問しました。

受付のスタッフさんも再会を喜んでくれて、和やかに値段交渉が開始。

とりあえず「スタンダードルームの価格はいくら?」と尋ねたところ、「35ドル」と返答。

「ん?」

んー、、、高い。笑

ということで、目の前でAgodaを開き、23ドルにて予約をしてよいか聞いたところ

OK!! Agoda!

と最高に明るい返答を頂きました。

いや、手数料とか考えるとホテルの取り分19.55ドルになっちゃうんだけど、、、と思いながら、とりあえず予約。

あとは数あるスタンダードルームの中から一番好みの部屋を直で選んで34日の契約を交わしました。

(こんな感じのラフなやり取りですが、参考になれば嬉しいです)

さて、宿も取れたので早速フィンランド人の友だちに連絡。

「環状線のって、好きなとこで降りるやつやろうぜ!」という、38歳とは思えない攻めた提案を頂き、その案に乗ることに。

実際乗ってみると、、、、カオス笑
20170205_154558

人が沢山、エアコン無し、よくわかんない車内の売り子、かつて日本で使われていたであろう形跡、、、

「これは動く蒸し風呂だね」と的確なコメントを友だちが言っても苦笑いしかできない状況の中、30分ほど乗っていました。

やがて耐えられなくなったのと、人がたくさんおりていく人気の駅に来たので降りることに。

「シャバの空気はうまいぜ!!」と自由を謳歌しながら街の中へ行きました。

すると早くもイレギュラーなミャンマー文化に遭遇。

先の見えない僧侶の下校風景。笑
Screenshot_20170207-190728.png

僧侶学校の生徒さんたちとの事でしたが、「彼らは仏教を専攻して、どうなっていくんだろうね?」と答えを探すのが難しい問いを交わしながら更に街の中へ進みました。

すると、いきなり良さげな飲み屋が登場。

「うーーーーん、、、、」

悩んでいるふりをしながら二人して飲み屋に足が向かっていました。

そこで飲んだビールは流石にうまかった!さすが動く蒸し風呂直後!

ということでそれから何件かはしごをして、14時集合で遊び始めた我々は24時になっていることに気づきました。

僕はフィンランド人の明日のフライトが非常に心配でしたが、彼が飲み続けていたので更に一時間ほど付き合いました。

最終的に5人のドイツ人もジョインした飲み会になっていたのですが、トイレに行ったフィンランド人が帰ってこない。。。

あ、これはヤバイやつかも

そう思いつつどうにもならないので、ドイツ人たちとはお開きのあいさつを交わして、僕もホテルに戻りました。(もちろんタクシーに乗ったあとの記憶はありません)

2月6日(月)ヤンゴン

「うぅっぅっ・・・・」

いつぶりか思い出せない、二日酔いでした。

また、急いでフィンランド人に消息とフライトの件を確認すると

「予約してたのは逃したけど、今はもうバンコクだよ!Thank You!

と彼らしい明るい返事が来ました。

また、「おれ、お前に金借りてないか?大丈夫か?」という、礼儀正しさの塊のようなメッセージまでもらえたので、いつかフィンランドに行こうと決意しました。

さて、そんな感じで二日酔いだったので、一日中寝ていました。

夜になって「なんて勿体無い一日だったんだ、、、」と後悔はしましたが、これも休暇中ゆえの贅沢だと自分を納得させ、明日の面接に備えてまた寝ました。

2月7日(火)ヤンゴン

さて、本日まで来ました。

今回はびっくりするほど長い投稿になっていますが、なんとか僕の転職活動風景が伝わっていれば嬉しいです。

本日は晴れて当初から臨んでいた広告代理店の案件での面接。

朝からバッチリ決めて、タクシーに乗りつつ、面接企業のミャンマーでの活動について出来る限りキャッチアップして行きました。

会場はセドナホテルというヤンゴンの有名な高級ホテル一階のカフェ。

事前にGoogle Mapsで表示されていた宿泊料は、一泊約700USD

もはやワケガワカラナイヨ、、、と思いながら、時間通りにカフェにつきました。

そこで待ってくださっていたのは、百戦錬磨感が漂う、超タフそうな現地代表の方。

しかし、話してみるととても柔軟かつ、やっぱりユニークな感じでとても楽しい面接になりました。

この面接自体は、J-SATさんに無理を言って組んでもらった、「面接と現状把握の中間」のようなものでした。当初は。

それが面接官にも一応は伝わっていたようで、その前提で話ができたのですが、話せば話すほど、ワクワクが止まりませんでした。

と言うのもの、この国は予想通り広告業に関して非常に未熟ということが明らかになった為です。

そのため、シンガポールや日本、しいてはタイでも泥沼のパイの喰い合いをしている現状であっても、このミャンマーという国は「パイの全貌すら見えていない」状況であることがわかりました。

まさに、暗闇で動き回るパイに必死で食らいつくようなイメージでした。

面接結果も良く、現地代表的には入って欲しい、という返答を頂きました。

また、念のためシンガポールに居る更に上の方と最終面接をして欲しいとのこと。

「よし!」完全にガッツポーズでした。

ここまで書けば言うまでも無いのですが、僕の意志としてはこの企業に行くというのが今回面接をした中で第一希望となりました。

ただ、今回面接をした中でというのも、今回こうして転職活動を進めていく中で、もう一つの道について考える事が多々ありました。

それは「祖父のやっている家業を継いで一人前になり、ゆくゆくはインターナショナルに戦っていく」というものです。

130年の歴史を誇る家業のため、言葉では言い表せないほどの価値があると僕は思っており、それを自分の力で広げていくというのは間違いなく重要な事だと、20歳の頃から持ち続けてきた夢に向き合っていました。

ただ、本当にそれが好きなのか、やりきれるのか、というのはわかりません。

ということで、今回面談を済ませた企業からは1ヶ月の時間を頂き、今月は日本で修行することにしました。

月末には祖父の入院が決まっているため、今しかないためです。

さて、ここまでながーーーーく、転職活動の模様をお伝えしてきましたが、今回でほぼほぼ、道が絞れました。

あとはどちらに行くのか、というシンプルな状態です。

今月中には結論を出すため、その際はまたブログの更新をしたいと思いますが、それはあくまでも僕の結論であって、他の方の参考になるようなものではないかもしれないです。

なので、ここまでの話が、誰かの海外就職、海外転職に役立てば、本当に嬉しく思います。

約一ヶ月のロングランになりましたが、僕は毎日を最高に楽しめた上、色々なことが学べたので、貯金を切り崩して頑張った甲斐があったと思っています。

僕はまだ25歳でアドバイスができるような立場でもないですが、もし何か僕の体験ベースでお役に立てることがあればいつでも相談にのれますので、ご連絡ください。

では!


コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中